■ SIGHT 2009 Summer 総力特集 さよなら自民党 一足先に終わりを惜しむ!

気の早いタイトルだが、多くの国民はおおむね似たような感懐を抱いているのではなかろうか。
もう、いいよと。
ただここに掲載された7本のインタヴューの随所で語られているように、自民党がだめならその次はどうなるのかというと、現在の政局では、民主党しかないわけで、しかしご案内の通り、民主党は、言ってみれば第二の自民党でしかなく(鳩山、小沢、岡田はすべて自民党旧田中派出身だそうだ)、つまり大半のインタヴュアーを務めた渋谷陽一が言うように「さよなら自民党」の後に続くのは結局「こんにちは自民党」だろうというところに落ち着かざるを得ないという状況である。
そんな中で、外交、経済、医療、年金、地方行政、農業の各々「専門家」にインタヴューし、現在の問題を洗いだそうという企画である。さらに、内田樹教授と高橋源一郎に渋谷陽一を交えた鼎談(一応、体裁は内田・高橋両氏の対談ということになっている)では、自民党の理念亡き実体と日本語という言語に対する興味深い考察がテーマになっている。
個人的には、内田教授目当ての購読だったわけだが、他の学者・研究者へのインタヴューもそれなりに興味深かった。が、彼らの語り口の問題なのか、私の問題意識の問題なのか、多少印象が弱いところもあったように思う。それに対し、やはりその辺りに長けているのは内田・高橋両氏ということになってしまう。
二人が言うように、日本語が基本的に「コロキアル」(colloquial ; 口語的な、話し言葉の)な言語であり、理念や思想をロジカルに語るには不向きであるというのは、いや確かにそうだろうと思う。そこへきて、というか、だからこそと言うべきだろうが、自民党という良くも悪しくも長らく政権を担ってきた政党は「理念」を持たず、「実体」だけがあるというのは、先日、柴田元幸と高橋源一郎の対談本のところに記した、アメリカが国家ではなく「観念」「理念」「アイディア」でしかないという視点と見事な対照を見せる。つまり自民党はますます「語れない」ということになってしまう。
ただ、それが日本語の構造である限り、今更どうにもならないし、そのことを自覚していくしかない。その上で外来のソリッドで理念的な言葉を受け止める「コロキアル」でタフな日本語を磨くことが必要だと二人は説く。
その他、気の合う二人が、シリアスに進めたい渋谷陽一を相手に好き勝手に暴走気味に語る様は、かなりおもしろいし、頷けるところも少なくない。一種の知的なエンターテイメントである。
二つ目の特集は「中東のリアルとは?」。酒井啓子と田原牧の対談と伊勢崎賢治へのインタヴューの二本立て。前者は研究者とジャーナリスト、後者はNGOまたは国連職員、また政府代表として実際に紛争解決に携わった人物ということで、やはり語り口や切り口が異なる。私は、伊勢崎氏へのインタヴューのほうに、より「リアル」を感じることになった。
■ 内田教授、ご成婚
内田樹教授が、6/13に華燭の宴を上げられたとのこと。ご自身のブログにその旨、記されている。
私淑する身としては(というほど大げさなものではないが)、まことにめでたい。
が、私との間にこれまで維持されてきた独身者という「共通項」が失われたことに一抹の寂しさも感じないわけではない。
何だか、教授は一度結婚されてはいるが、その後ここまで独身でいたのだから、この先も独身で過ごすのだろうなと漠然と思っていたので、ここに至っての結婚に少々驚いたのは確かである。
ただこういうのは確かに「縁」ではある。「縁」がここにいたって「結婚」という形になったのだろうということ以外に言いようはない。
ともかくも、おめでとうございます。
私淑する身としては(というほど大げさなものではないが)、まことにめでたい。
が、私との間にこれまで維持されてきた独身者という「共通項」が失われたことに一抹の寂しさも感じないわけではない。
何だか、教授は一度結婚されてはいるが、その後ここまで独身でいたのだから、この先も独身で過ごすのだろうなと漠然と思っていたので、ここに至っての結婚に少々驚いたのは確かである。
ただこういうのは確かに「縁」ではある。「縁」がここにいたって「結婚」という形になったのだろうということ以外に言いようはない。
ともかくも、おめでとうございます。

