豆腐に柳

音楽、書物、映画、美術展等の感想、その他日々のあれこれ

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東京オペラシティアートギャラリー 「Life is hard...Let's go shopping. 片山正通百科全書」

片山正通

5/11、東京オペラシティアートギャラリーで「Life is hard...Let's go shopping. 片山正通百科全書」を見に行く。
ちょっと間が空いてしまった。悪しからず。

今まで知らなかったが片山正通は、ユニクロやユナイテッドアローズ等々を手がける高名なインテリアデザイナーとのこと。
彼が事務所ワンダーウォールに普段は陳列されている現代アートや写真、映像、インテリア等々のコレクションを再構成するという主旨の展覧会。
以前、同じ主旨で開催された、村上隆のコレクション展を横浜美術館で見たが、その際に感じた何でもあり感に満ちた楽しさがここにもあった。いくぶん今回の方が整理されていたり、まとまっていたりしてはいたが。

まずは壁面に広がるCD棚。むろん全部チェックしたわけではないが、洋楽ロックやポップスを中心に(たぶん)日本のものも数多い。洋楽のロックについてはある程度趣味が重なっているのを感じたが、まぁこれだけあると誰でもそう感じるのかもしれない。

その他、興味と関心の赴くままといった風情のコレクションが、それでも分類、整理されて並ぶ。
シロクマ、虎、スヌーピー、リッケンバッカーのギターも。

一つを除いて写真撮影OK。その「一つ」は、見るには結構待ち時間が長かった。さらにSNSでの感想も「禁止」ということだった。という部分にはちょっと違和感もあったが、これも企画のひとつという理解をしておく。

それから例によって、サブの展示2種も見る。こちらもいつものようにおもしろかった。

http://www.operacity.jp/ag/exh196/


映画 「マンチェスター・バイ・ザ・シー」

マンチェスター

5/15、イオンシネマ多摩センターで映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を見る。
監督・脚本はケネス・ローガン。プロデューサーにマット・デイモン。
主演は、一応、ケイシー・アフレック。

この映画を見るまで「マンチェスター」がアメリカにもあることを知らなかった。まぁ「パリ(ス)」があるのだからマンチェスターもあって不思議ではない。それも実はアメリカ全土で都合10ヶ所もあるそうな。その中でこの映画に登場するのはニューハンプシャー州のそれのようだ。

かつてこの町で家庭を持ち、故あって今はボストンで1人で暮らすリーが、兄ジョーの死によって町に戻ってくるところから話は始まる。

兄は遺言を残しており、リーが、ジョーの息子パトリックの後見人になることになる。
ただし、リーにはここにとどまりたくない理由があり、パトリックにはここにいたい理由があり、なかなかうまくいかない。肉親の死という悲劇の後、2人が混乱しつつ、喧嘩したり感情的なったりしながら、折り合ってゆく様が、彼らの周囲の人々も含めて描かれる。

プロットや展開は控えるが、町に戻る前のボストンでのリーの生活や、かつてマンチェスターで家庭を持っていた時の暮らし、そしてそこで起きた「出来事」、元の妻との再会、パトリックの母、つまりジョーの別れた元妻との再会等々が映画をひとつひとつ丁寧に形作っていく。パトリックと2人のガールフレンドとのコミカルな要素も織り交ぜながら。

しかし最も印象に残ったのはこの町自体の佇まいかもしれない。海と自然がある、郊外の開けた町。牧歌的で開放感のあるいい雰囲気なのである。

ローガンの脚本もケレン味はないが滋味深い。夢を実体化させたりする小技も含めて、実際の生活者としての感情の機微がうまく表現されている。尤もそのあたりは演技者の仕事ぶりも併せてということになろうが。
演技者ということなら、やはりリーのどこか気だるそうな話し方やムードは魅力的に映る。ただ他のキャラクターも悪くない。
一点だけいくぶん違和感を覚えたのは、音楽の使い方だろうか。少々くどい感じがしたところがあった。

いずれにしろ、こういう比較的地味な映画をきちんと評価するのはアメリカのいいところだ。
きついこともあるけれど、それでも人生は続く。続くのならば、ささやかでも幸福は見いだせる。

お薦めです。

http://www.manchesterbythesea.jp/


泉屋博古館別館 「屏風にあそぶ 春のしつらえ」 & Bunkamuraザ・ミュージアム「写真家ソール・ライター展」

泉屋博古館

5/3、南北線の六本木一丁目で地下鉄を降りて、住友コレクション泉屋博古館別館で「屏風にあそぶ 春のしつらえ 茶道具とおもてなしのうつわ」を見る。

知人に招待券をもらい、5/7までという期限もありこの日に赴く。
茶碗等の茶器と絵画。
茶箱等に描かれた蒔絵がすばらしかったのと、「二条城御幸屏風」(作者不詳)、さらに明治の画家、深田直城の「春秋花鳥之図のうち春」、こちらも明治の望月玉渓の「白耗孔雀図」(二文字目は 本来は禾偏に毛)、さらに「伝 佐々木庄次郎」の花瓶に薄い陶器で作られた数多くの花模様を貼り付けた作品等。殊に、深田直城と望月玉溪の繊細な描写力には驚く。知らない優れた作家はまだまだたくさんいるんだなと改めて。

https://www.sen-oku.or.jp/tokyo/schedule.html

ソール・ライター

5/3、それから渋谷に移動、Bunkamuraザ・ミュージアムで「ニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター展」を見る。
写真家、ソール・ライターについては昨年、イメージフォーラム等でドキュメンタリー映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」が公開されていて、見ようかどうしょうかと思っているうちに見そびれた。
というのも、原題通りとは言え、タイトルの後半がちょっと何だか引っかかったからだ。

ライターの写真作品には、映画の公開時から興味があったので出かける。
何でも元は画家志望で、ユダヤ教のラビである父の跡を継ぐため神学校に通っていたが嫌気が差し、親の反対を顧みずNYへ出てきたらしい。が、画家としては食えず、写真の仕事をするようになった。今回は画家としての作品も出展されていたが、抽象画、具象画両方ともおもしろいし悪くないが、写真と比べるとどう見ても写真だろうということになる。
それほど彼の写真はすばらしい。
ただ、写真家として才能と成功の背景に画家としての資質は当然影響しているはずだ。

50年代にファッション写真を撮り始め、そのセンスの良さで「ハーパース・バザー」等で頭角を表し、売れっ子写真家になる。
その後70年代までは活躍を続けるが、81年には仕事が減り5番街のスタジオを閉め、その後、表舞台から姿を消す。
その後、1994年、イギリスの会社が補助金を出し、ライターが40年代50年代の撮って現像していなかった作品が現像されたことから、再評価されるようになる。
写真展が開催され、再評価から少々時間はかかったが、2005年にはドイツの出版社から写真集も出る。

ファッション雑誌の作品も悪くないが、何と言っても40年代50年代のカラー写真である。
ほぼ、ライターの周囲の街並みを撮ったものだが、色彩感覚といい構図の切り方といいアングルといい、つまりどのタイミングでどこからシャッターを切るかという点において天賦の才能を感じる。
ほんとうにさりげない、特別なものはなにもないはずなのに、それがこれほど魅惑的であることの意味を改めて考える。

いや、ほんとうにすばらしかった。個人的な相性もあったのだろうが、これはお薦めです。

カルティエ=ブレッソンとは、また別の意味で衝撃的な写真群だった。

たぶん、Bunkamuraル・シネマで再上映が期間限定で決まった先述のドキュメンタリー映画も、都合さえ合えば見に行くことになるはず。

http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_saulleiter/

東京都美術館 「ブリューゲル「バベルの塔」展」 & 東京ステーションギャラリー 「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」

バベルの塔展

5/2、東京都美術館で「ホイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展 16世紀ネーデルランドの至宝-ボスを超えて」を見る。しかし長いな。

一応GWの最中なので混んでるかとも思ったが、それなりに客は入っているものの、思ったほどでもなかった。

私なんぞは、ブリューゲルといえば、いわゆる農民画家というイメージしかなく、「バベルの塔」さえも知らなかった。

会場入り口横のスペースに大友克洋が描いた「バベルの塔」の内部、題して「INSIDE BABEL」が掲げられている。塔に切り込みを入れて内部が可視化されているのだ。結構おもしろい。
でも大友克洋って本業のマンガ作家としては何をしてるんだろうか?。

この会場は例によって、地下1F、1F、2Fの順で回る。
16世紀ネーデルランドの彫刻から始まり、その後、宗教画等々が続き、1Fに移動してここからサブタイトルの挙げられていたヒエロムニス・ボス関連。
ブリューゲル関連は、ボスの後の1Fと2F。2Fは「バベルの塔」関連だけ。1Fのブリューゲルは、版画である。

オランダやベルギーというのは結構美術史的におもしろい土地柄のように思うのだが、今回はボスとブリューゲルが後に控えていたせいか前半部はいまひとつ印象に残るものは少なかった。

「奇想の画家」と言われるボスだが、彼自身の油彩は25点しかないようで、そのうち2点が出展されていた。
細かいところにたしかに「奇想」が見られるが、結構細かいところで、言われないとわからないとも。
今回の展示では、そのボスの作風を受け継いだ16世紀半ば以降の、ブリューゲルが下絵を描いたものも含めた版画作品に多く「奇想」はわかりやすく表現されている。
半人半獣みたいな奇妙な生物が跋扈するのが「テーマ」になっているほどである。おそらくは人間や社会の風刺や皮肉から由来しているのだろう。画風的には何だか現代のアニメーションに通じる気配も。

最後は、「バベルの塔」のセクションで作品以外に、東京藝大が精度を高めて拡大化した(3倍?)した複製はおもしろかった。細部の細やかな描写や描き込みがわかりやすい。
本物は、列に並んで作品の前を立ち止まれずに通り過ぎるだけというのは、それなりに客が入っていたせいもあり仕方ないのかもしれないが、どうなんだろという気も。だから複製の方はじっくり見られてよかった。というのは、でも倒錯した感想だな。

全体としては、悪くないというくらいかも。

http://babel2017.jp/

ヴェルフリ

5/2、「バベルの塔」を見た跡、東京駅に移動して東京ステーションギャラリーで「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」を見る。
知らない作家だが、アウトサイダー・アートないしアール・ブリュットとも呼ばれるらしい。
おそらく、正規の美術教育を受けずに描かれた作品群と見ていいのだろう。

19世紀後半にスイスで生まれ、孤独と貧困の中で生活を送り、犯罪を何度か繰り返した(子供に対する性犯罪のよう)後、統合失調症と診断され精神病院の収容されたのが31歳。その4年後、鉛筆、色鉛筆、新聞用紙を与えられた彼は絵を描き始める。それからヴェルフリは膨大な量の作品を描くことになる。

描かれた多くは、非現実の、幾何学的な構図を持った完結した世界で、色鉛筆で彩色が施される。描かれるのは、絵、文字、そして音符。
確かに物語性は感じる。さらに言葉と音楽への執着、ないし情熱か。もうひとつは、やはりある種の幼児性。
子供はこういう絵をよく描く。そんな気がする。

展覧会サイトには、
彼は、自身の生い立ちを冒険記に書き換え、理想の王国を築いて「世界征服」をたくらみ、また「音楽監督」として作曲に没頭したが、それらは彼にとって空想や非現実ではなく、すべてが真実と疑わない自身を投影したものだ、というような記述がある。

むろん、実際が、この文言の通りかどうかはわからない。
ただ、おそらく「現実」に彼の居場所はなかったのだろう、彼の認識では。では彼はどこで生きるか、この想像上の物語の中で生きるしかない。という心的事情は少なからず存在しただろう。

ただパラノイアの思考形式の特質として、それがどれほど非現実的であっても、整合性や秩序を持つと聞いたことがある。つまりそういうことをやはり感じざるを得なかった。形式的な思考にすぎるだろうか。

おもしろい、というよりこの密室性、完結性に「怖さ」を感じるところのほうが大きかったというのが率直なところである。

「バベルの塔」との共通項は、やはり細部へのこだわりという点か。まぁそれをいえば、すべからく「表現者」というものは、それがないと成立しないのだろうけれど。

でもこの美術館の企画は、やはり結構おもしろいと改めて。

http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201704_adolfwolfli.html

映画 「フリーファイアー」

フリーファイアー


5/1、新宿武蔵野館で映画「フリーファイアー」を見る。
2016年トロント映画ミッドナイトマッドネス部門の受賞作。確か前年の受賞作が「ハードコア」だから、映画のタイプは推して知るべし。

製作総指揮、つまりエグゼクティブ・プロデューサーはマーティン・スコセッシ、監督はイギリス出身のベン・ウィットリー。バラードの小説を映画化した「ハイ・ライズ」は彼の監督作とのこと。
主演は一応、昨年日本でも「ルーム」が公開されたブリー・ラーソンだが、群像劇というのがほんとうのところ。

銃の取引のため廃屋の倉庫に集まった2つのギャング団の間で、ひょんなことから(実際なんやそれみたいなきっかけで)銃撃戦が始まり、それが延々と最後まで続く。ロケーションが移動することもない。
ずっと銃声は轟いているが、ずっと同じテンションというわけではない。時間の経過や展開によってそのあたりは変化する。撃ち疲れたみたいな時もあるし、ジョークや駆け引きも差し挟まれる。コメディの要素も充分ある。

とは言え、銃撃戦であることには変わりないので、描写的には、結構エグい部分もある。

さらに、オフィシャルサイトにすでに出ているから言ってしまうが、ジョン・デンバーの楽曲が数曲使われるのだが、これが殺伐とした救いのない展開に、妙に効果的に作用しているのがおもしろい。

展開も客を飽きさせないように思案されているし、90分という尺もほどよいが、見終わると少々疲れるのは「ハードコア」同様。

ということで、この手がお好きな向きにはどうぞ、ということで。

http://freefire.jp/index.html

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