豆腐に柳

音楽、書物、映画、美術展等の感想、その他日々のあれこれ

映画 「ムーンライト」

ムーンライト

4/14、TOHOシネマズ南大沢で映画「ムーンライト」を見る。
監督はバリー・ジェンキンス。
最初に言っておくと、傑作だと思う。アカデミー作品賞を受賞したのがよくわかる。
「ラ・ラ・ランド」もよかったが、私が投票権を持っていたらさほど躊躇することなく「ムーンライト」に一票を投じただろう。トランプ大統領の政策云々とは無関係に。
尤も、両者を比較すればという前提ではあるが。
 
映画は、当たり前だが、映像作品である。映像的に優れていることが優れた映画の条件のはずだ。
ただ不思議なことに、映像自体よりストーリーやキャラクターが語られることが多いのはなぜなのだろう。映像を語ることが困難だからだろうか。

その意味でこの映画は映像的に非常に優れている。監督や撮影監督の美意識に沿った、細やかな配慮がいき届いている。映画を見ながら「詩的」というフレーズが何度か思い浮かんだ。
焦点の当て方、近景遠景のぼかし方、あるいは構図の切り取り方にしろ、音響の使い方をも含めて、映像として「映画的」であろうとする意志を感じる。
非常に魅せられた。

カメラワークの特徴の一つは、被写体をマクロで撮っているシーンが多いことだ。要は、被写体を大きく近く映し出すシーンが多い。特徴として指摘できるほどだが、しかし決して不自然ではない。その匙加減がなかなか憎い。

ではその意図はなんだろう。
ふつうに考えれば、感情移入や「同期」を促すことではないか。おそらくアフリカンアメリカンでかつゲイというマイノリティの主人公シャロンの持つ「孤独」は、仮にそうした要素がなくても、すべての人に共有されるものだという確信があるからだ。
そして、「孤独」をそっと慰め、共有してくれる誰かの存在が必要だということにも。
月明かりの下では、黒い肌が青く輝くという、タイトルの由来もそのあたりと重ねることもできる。

アフリカンアメリカンでゲイでかつ薬の売人であることは「孤独」を前景化する手段にすぎないが、しかし一方で確かなアメリカ社会の「現実」でもあるということ、そして/しかし、それらの要素は「具体例」にすぎず、すべての人間がシャロンほど明確ではないにしろ皆、社会的であると同時に根源的な「孤独」を抱えているということを、映画は静かに教えてくれる。

セリフが少なめであることは、映像で多くを語らせようとしていることとむろん無関係ではないだろう。映像でシャロン初め登場人物の感情の機微を伝えようとする。

一つだけいくぶん違和感を抱いたのは、子供、ティーンエージャー、大人と、3世代の渡って描かれるシャロンについて、大人になってからのシャロンはちょっと別人すぎないかということである。劇中で確かシャロンが自ら「変わった」というセリフがあったと記憶しているが、それにしてもと思う。
そこに監督の意図を読み込むなら、大人になったシャロンは一見マッチョで、かつての「いじめられっ子」の往時とは容貌まで変わったとしても、彼の抱える「孤独」は変わらないということなのかもしれない。

考えてみればこの3世代の、あえて描かれなかった狭間の占める意味は、決して小さくはない。
我々の生は、自分しか知らない、いや自分さえ知らないことが大半を占めるに違いない。

最後にもう一度。傑作である。

http://moonlight-movie.jp/

映画 「ハードコア」

ハードコア

4/13、イオンシネマ港北ニュータウンで映画「ハードコア」を見る。
製作・監督・脚本はイリア・ナイシュラー。ロシア出身。ちなみに原題は「Hardcore Henry」

何でもナイシュラーはロシアのパンクバンドのメンバーで、彼が撮影・監督した1人称視点によるミュージック・ビデオが発端となり、同じ手法での映画製作が決まり、クラウドファンデイングでも資金を集め、アメリカ・ロシア合作映画でこの映画が完成という展開のよう。
ちなみに2015年トロント映画祭ミッドナイト・マッドネス観客賞受賞とのこと。なるほど。

一旦は死んだヘンリーが、研究者であり妻でもあるエステルによってをサイボーグ化されることで蘇生するのだが、まだ発声機能が付けられていない段階でエステルが、敵役エイカン率いる組織に誘拐されてしまい、エステルを取り戻すために彼らを追うというのが一応の設定ないし展開だが、この映画に関してはそれらは二次的な要素にすぎない。

映画を見ていてたぶん初めて映像酔いした。
なんせ徹底した1人称視点で、かつ全編大アクションシーンの連続だから、映像が尋常ではなく揺れるのだ。

全編 、主人公ヘンリーの1人称視点 で、GoProカメラを使用して撮影されたこの映画は、まことに異様な臨場感と躍動感を生み出す。ヘンリーの視点、視野のみで構成される。ある意味「葦の髄から天井を覗く」を逆手に取った手法かもしれない。そこには恐らく、ヘンリーが声を持たないという設定も絡んでいる。

ちなみに、私はまったく「ゲーム」というものに疎いのだが、世の中にがFPS(First Person Shooter)と呼ばれる種類のゲームがあるそうで、感覚的にはこの映画はそのまんまFPSということらしい。確かに想像はつく。
かつ、ガンファイト及びナイフファイトで血しぶきが常時立ち上り、頭部が吹っ飛ぶというシーンも出てくるのでそういう意味でバッドトリップなところもあったはず。それも「映像酔い」の理由の一つだったかもしれない。

GoProによる、かようなアクション映像と殺伐としたシーンの連続がこの映画のすべてである。
ラストは伏せるが、プロットの展開から考えればまったく救いのない殺伐度マックスのラストである。しかしながら、ある意味で、この映画には最もふさわしい。

いや、すごい。
万人には勧めないが、唯一無二とは言えそう。
ただしもう一度見たいとは思わないが。

http://hardcore-eiga.com/

映画 「はじまりへの旅」

CaptainFantastic.jpg

4/11、近所のシネコンに映画「はじまりへの旅」を見に行く。
原題は「Captain Fantasitic」。監督・脚本はマット・ロスで、俳優としてもキャリアを積んでいるらしい。
「キャプテン・ファンタスティック」と言われると往時の洋楽ファンは十中八九エルトン・ジョンの「Captain Fantastic and The Brown Dirt Cowboy」を思い出すはず。
製作側がかのアルバムタイトルを意識しないはずはないが、内容的にはたぶん無関係。
ただ、この映画で「Fantastic」はむろん「風変わりな」の意味のほうだろうけれど。
ちなみに邦題の意味はいまひとつわからない。映画のテーマやストーリーにこじつければ何とでも言えそうではあるが。
原題じゃだめだったのかな。何でも説明しようとするのもちょっとどうかなと。

映画は、文明社会から離れ、森の中で6人の子育てを敢行するヴィゴ・モーテンセン演じる父親ベン・キャッシュとその家族のお話。

子どもたちは学校に行かず、父親が書物と身体的「実践」で教育する。天文物理学から語学、政治哲学や文学まで。子どもたちは全員エスペラント語(!)を含む6か国に堪能で、父親はノーム・チョムスキーの「ファン」。チョムスキーの誕生日には家族でお祝いをするくらい。他にもマルクス、トロツキー、毛沢東とか、まぁ大半の映画ではめったに耳にしないタームが多数。それだけでもおもしろがれる。

食料は森の動物を狩り、作物を栽培して調達。本物の森や山で鍛えられ、父親の厳しいトレーニングを施された肉体と体力はアスリート並。
でも「スティーヴ」と名付けられたバスは所有。このへんは「現実的」。
まぁ細かいところを突っ込もうと思えばいくらも出てきそうだが、それは言っても詮ないこと。

母親は入院中だが精神疾患を患っており、ベンは妹から彼女が手首を切って自殺したことを電話で告げられる。
一家はスティーヴを駆って母親の葬儀に出席し、仏教徒だった彼女の遺言を果たすためニューメキシコまで2400キロの旅に出る。具体的なストーリーはここから始まる。

その道中や葬儀、妻の両親との確執と和解等々を挟み込んで、一家は母親の遺言通りの葬儀を自らの手で執り行い、外国へ巣立った長男を除いて、一家の生活は落ち着く地点を見出す。

母親の遺灰については、日本人的感覚では、あれはないだろうと思うが、結局、この映画自体がそういう既成のスタイルや常識への疑義から始まっているわけで、「オルタナティヴ」としてはアリなんだろう。そういう意味では平仄は合っている。

なかなかおもしろいなと思ったのは、そういういかにも反西洋近代文明で「ニューエイジ」の影響とかもありそうな「頑固」な父親が、終盤で「反省」するところ。
反省し、実際に子どもたちへの教育や生活そのものをいくぶん変えるところ。
映画として、この展開がいいか悪いかは議論のあるところかもしれないが、「現実的」であるのは確かだろう。「現実的」というのはほぼ「ありきたりでつまらない」ことの言い換えだが、私自身はこういう展開に不満はない。例えば父親が頑固なままで一家の生活もまったく変わらなければおもしろいかというと必ずしもそうではない。
リアリティ云々というより、こういうキャラクターのほうが新鮮味があるということだ。

劇中で一家の女の子が歌うガンズの「スイート・チャイルド・オブ・マイン」とエンドクレジットで流れたディランの「アイ・シャル・ビー・リリースト」のカヴァーは結構沁みた。

モーテンセン、一家の子役を含め俳優陣はいい味を出している。

佳作だと思う。

http://hajimari-tabi.jp/

映画 「ゴースト・イン・ザ・シェル」

GITS.jpg

4/10、近所のシネコンに映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」を見に行く。
監督はルパート・サンダース。原作は、ご案内のように日本の士郎正宗の漫画「攻殻機動隊」。これは未読。
押井守が撮ったアニメーション映画についても、オリジナルもリニューアルされたヴァージョンともに未見。

ということで原作や押井版と比較できないが、この実写版、概ねよかった。比較できないからそう感じたのかもしれないが、この映画しか見ていないので何とも言えない。

キャストはスカーレット・ヨハンソン、ジュリエット・ビノシュ、北野武、桃井かおり、その他。

そもそも日本人である草薙素子の脳がどうして白人のスカーレット・ヨハンソン演じる「少佐(ミラ・キリアン)」の肉体と結合するのかは、アメリカでも問題視されたらしいが、要はワールドワイドである程度ヒットさせる必要があるという通常のハリウッド的計算が働いただけのことだろうから、まぁ仕方ない。変だと言えば確かに変だと思うが。
それともフィットする日本人女優がいなかったとか。「フィット」の意味は様々なれど。

ただ、映画内に「草薙素子」という名前はしっかり残されているし、それなりに原作や押井版に対する配慮はうかがえるのではないかと。

原作が架空の都市を舞台にしているとウィキペディアにはあるが、映画も「漢字」が目についたりするのでアジアのどこかくらいに設定されていそうだが、具体的な都市名は出てこなかったはず。

映像はよくできている。「ブレードランナー」と「マトリックス」を併せたような感覚といえばいいか。驚くほどというわけではないが、これまでにあまり記憶にないタイプのシークエンスや映像もあり、違和感や安っぽさは感じなかった。

公安9課の 捜査官で、脳は人間、それ以外は「義体」の「少佐」の「アイデンティティ」を巡る話である。
映画としては、簡単に言えば「アクション映画」ではあるが、むろんSFでもあり、人間性や個人のアイデンティティを問い直すというという部分が本作のテーマであり、奥行きは結構深い。
「記憶」より「行動」が個のアイデンティティを決定するという「メッセージ」はちょっと単純すぎる嫌いがあるにしても、「アイデンティティ」の定義や意味(価値)を見る者に問うことの意味は、昨今の政治情勢を鑑みても、小さくない。

おそらく原作を「守る」部分と映画作品として「変える」部分の折り合いがまずまず上手くいったのだろう。そのへんはシナリオも悪くなかったということかもしれない。

ちなみに「ゴースト・イン・ザ・シェル」はアーサー・ケストラー(というか用語としてはギルバート・ライルと言うべきか)の著書「ゴースト・イン・ザ・マシーン」から由来するとのこと。確かにテーマにふさわしいと思われる(尤もケストラーの著書は読んでいない)。というか、ここからインスパイアされたのかも。

個人的なことではあるが、子供の頃、まさに「少佐」のような人間の脳と義体を融合させた「サイボーグ」に憧れていたことを思い出した。そう言うと、周囲に概ね不思議がられたことも。
何だか今も少しその心性が残っているような気もする。

見ておいて損はない。

http://ghostshell.jp/


映画 「パッセンジャー」

passenger.jpg

3/30、近所のシネコンに映画「パッセンジャー」を見に行く。
監督は、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「イミテーションゲーム」を撮ったモルテン・ティルドゥム。
ということで、そこそこ期待して出かけた。主演の2人、ジェニファー・ローレンスとクリス・プラットはよく知らない。
SF映画ではあるが、基本的にはラブストーリー。個人的にはそれがやや不満。

宇宙船アヴァロンがスペースコロニーのホームステッドⅡまでの120年の道のりを進んでいる中、冬眠中の乗客5000人の中で、宇宙船の故障の影響により90年も早く目覚めてしまった 男ジムと、その1年後「ある事情」によりこちらも目覚めてしまった女オーロラの話。

彼ら2人では(彼らの恋愛関係以外は)どうにもならなかった状況が、第3の覚醒者ガスの登場によって一気に動き出す。その展開自体はまずまず見せる。

アンドロイドのバーテンダーのアーサの存在とか、乗客が「クラス」(階級)が分けられており朝食も違うとか、無重力状態の描き方とかもおもしろいと言えばおもしろい。
もしかしたら見どころなのかもしれない宇宙空間の見せ方は、私には書き割り的に映ったのが残念。何だか平板であまり奥行きが感じられず、三次元空間という感じがしなかった。
2人が宇宙空間に出るシーンも特にリアルな感じは伝わってこなかった。

展開にしてもどうしてもラブストーリーに回帰してしまうのは、仕方ないのかもしれないが、何だかちょっと。
尤も、この辺は、まぁ、趣味趣向の問題かもしれないが。

ということで相性はあまり芳しくなかった。

でも見る人によってはOKなのかもという気はする。

http://www.passenger-movie.jp/

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